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エッセイとの出会い

ブログが続かない。。。そう悩むこと自体が文章になぜか執着している証拠なのかもしれない。

そんなある日、ふと耳にした言葉。 「感情を揺さぶられる事象は、自分が本当にやりたいことだったり気になることだったりするんですよ。」 「嫉妬したり、嫌悪感を抱いたりするのは、実は自分自身ができるのにやっていなかったりすることなんですよ。」と。

ふーむ、なるほど。 嫉妬することねぇ。。。

しばし過去の出来事をさかのぼってみた。 思い当たることが一つ出てきた。 それが、「出来事を言語化して発信すること」である。

いつからこれに囚われているのかは本当に思い出せない。 少なくとも大学生まではこんな気持ちはなかった。はず。 世の中にスマホが普及してきて、一般人が自由に思考を発信できるようになってきて、発信している有名人が増えてきて、そんな時から気になるようになったのだろうか。。。

いつからはブログを書いて自分の思考を発信できるのがかっこいい、そうしなくてはいけないと思い始めた。もちろん、誰にも頼まれてはいない。 でもブログを続けられない。根っからの三日坊主で飽き性。続かない性格なもので。 でもブログを書いてみたい。でも続かない。

でもたまに書いた渾身の力作ができた時に「めっちゃ良いブログ!すごく共感できるし、元気もらうよ~!」と言われるととても嬉しい。 でもそんなのは一年に1回あるかないか。

ブログは誰かの役に立たないといけないと思っていた。 「役に立ったよ、ありがとう!」「感動したよ!」などと言われる文章でないといけないと思っていた。 だから筆がまったく進まなかった。 加えて、私は写真が苦手。 ブログには分かりやすい写真が必須だと思い込んでいる。 だからこの写真を加えることが面倒でまったくブログがアップできないのだ。

で、「出来事を言語化して発信すること」の話に戻る。 たまたま見ていた俳優さんのインスタグラムにタグ付けされていた文筆家さん。

なんか気になってnoteを拝見。 ふむふむ、職業はエッセイを書いている、と。。。

”エッセイ”って聞いたことあったけど、どんなものなのかよく分かってなかったし、知ろうともしてなかったな。 でもこういう文章を”エッセイ”というのか。。。

あ~、私、こういうの書きたいかもしれない。

読んでいる人がくすっと笑える、なんか共感できる。 写真がなくても文章だけで感じられるものがある。 押しつけがましくない。でも、この世界に一緒に住んでいて、お互い遠い存在だけれどいま存在していることを感じられる。 なんかあったかい気持ちになれる。 あ~、私もこんな風になる場作りをしてみたいな、と思った。

”エッセイ”の言葉を検索してみるとこのように書かれていた。
「日々の出来事を通して、自分がどう感じ、何を思ったかという“心のレンズ”を綴る文章」です。

というわけで、役に立つ立派なブログを書くのは潔くやめた。
今日から私は、私が主役で、私の心のレンズに映った世界をそのまま言葉にしてみます。

5歳👧3歳👦の母、40代

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